十三年後のクレヨンしんちゃん家族

僕はシロ、しんちゃんのともだち。

十三年前に拾われた一匹の犬。

真っ白な僕を、しんちゃんは
「わたあめみたい」
…だと言われて、おいしそうだから抱きしめられた。

あの日から、ずっといっしょ。

 

「行ってきマスの寿司~」

あいかわらずの言葉といっしょに、しんちゃんは家から飛び出していった。

真っ黒な上着をつかんだまま、口に食パンをおしこんでいるところを見ると、
今日も遅刻なんだろう。

どんなに大きな体になっても、声が低くなっても、朝が弱いのは昔から。

特に今年は、しんちゃんのお母さんいわく「ジュケンセイ」というやつだから、さらに忙しくなったらしい。

たしかに、ここのところのしんちゃんは、あんまり僕にかまってくれなくなった。

しかたのないことだとしても、なんだか…ちょっと…うん…。

さみしいかもしれない。

せめてこっちを見てくれないかな、という気持ちと
がんばれという気持ち
二つがまぜこぜになって
とにかく少しでも何かしたくて───

小さくもえてみようとしたけど
できなかった。

 

なんだかとても眠たい。
ちかごろ多くなった
この不思議な感覚
ゆっくり力が抜けていくような。
あくびの出ないまどろみ。

閉じていく瞳の端っこに、しんちゃんの黄色いスニーカー映って。
あぁ今日もおはようを言い損ねたと、どこか後悔した。

 

「…シロ。シロ」

あっ、しんちゃん…おはよ…

 

 

あっ、ひまわりちゃん。

「シロー!朝ご飯だよ。」

そう言いながらこちらを覗き込んでくる顔は、しんちゃんに似ていて。
やっぱり兄弟なんだな、と思う。

「シロ。ほらご飯。」

山盛りのドッグフード。
まん丸目のひまわりちゃん。

あんまり興味のない僕のごはん。
困った顔のひまわりちゃん。

お腹は減っていない。
でも食べなければひまわりちゃんはもっと困った顔をするだろう。

「いいよ」
「お腹減ったら、食べてね。」

ギュッ

 

ぎゅっと抱きしめてひまわりちゃんが立ち上がると
段々になったスカートをくるりと回して
そばにあったカバンを持つ
学校に行くんだ。

「いってらっしゃい」と言おうとしたけれど
やっぱり言う気になれなくて

僕はぺたんとねころんだ。

へいの向こうにひまわりちゃんが消えていく。

顔の前に置かれたおちゃわんを、僕は鼻先ではじに寄せた。

お腹はぜんぜん空いていない
ごはんを欲しいと思わなくなった。

おさんぽにも、あまり興味はなくなった。

でも…

なでてもらうのは、まだ好き
抱きしめられるのも、好き

「ジュケンセイ」っていうのが終わったら、しんちゃんは。
また僕をいっぱいなでてくれるのかな。
そうだといいんだけどな。

…目を開くと、もう辺りはうすむらさき色になっていて

また、まばたきしているうちに一日が過ぎちゃったんだと思う。
ここのところ、ずっとそうだ。
何だかもったいない。

辺りを見回して鼻をひくひくさせる。

しんちゃんの匂いはしない…
まだ、帰ってきてないんだ。

さっき寄せたはずのおちゃわんのごはんが、新しくなっている。
お水も入れ替えられている。
のろのろと体を起こしてお水をなめた。

…冷たい。
この調子ならごはんも食べられる
…かと思って少しかじってみた。

ダメだった

口の中に広がるおにくの味がキモチワルイ。

思わず吐き出して、もう一度ねころがる。

夢のなかは、とてもしあわせな世界だった気がする。
僕はまた夢をみる。

しんちゃんと最後に話したのはいつだっただろう

 

 

 

月灯りふんわり
落ちてくる夜は

あなたのことばかり
考えても考えてもつきることもなく

 

月灯りふんわり落ちてくる夜は

あなたと二人きり

海のはてへと続く
月の路歩きたい

 

風にのせ 伝えたい

そんな想い一人抱きしめる

………。